良質な睡眠をとるために重要な要素の一つが「体温管理」です。私たちの体温は、昼夜のリズムに合わせて変動しており、睡眠の質にも大きな影響を与えます。特に、就寝前の体温調整は、入眠をスムーズにし、深い睡眠を得るために欠かせません。
この記事では、厚生労働省が公開している「健康作りのための睡眠ガイド2023」[文献1]を参考に、体温と睡眠の関係について、そして快適な睡眠環境を作るための温度管理のポイントを紹介します。
体内時計と深部体温の関係
ヒトの深部体温(脳や臓器などの内部の体温)は、およそ24時間周期で変動します。日中の覚醒時には体温が上昇し、夜間には低下します。[文献2]この体温の変動が、私たちの睡眠・覚醒リズムを調整しています。特に、就寝前に手足の皮膚血流が増加し、体内に溜まった熱が放散されると、深部体温が低下し始めます。この時、体が眠りに入る準備を始めるため、入眠しやすくなるのです。[文献3]
入浴の効果:速やかな入眠を促進
就寝前の入浴が、体温調節に大きな影響を与えることはよく知られています。入浴によって手足の血管が拡張し、体内の熱が外に放出されるため、深部体温が低下しやすくなります。このため、入浴後には、寝床に入ってから入眠までの時間(入眠潜時)が短縮され、より速やかに眠りに入ることができます。[文献4]
実際に、日本国内の高齢者不眠症患者を対象にした実験では、就寝前に入浴することで、速やかな入眠が促進されることが報告されています。[文献5]また、実生活下でも、就寝の1〜2時間前に入浴をすると、入浴しなかった場合と比べて、より短い時間で入眠できることが確認されています。入浴のタイミングを工夫することで、良い睡眠に繋がることがわかります。[文献6]
季節ごとの室温管理
睡眠の質は、室温にも大きく影響されます。特に、夏と冬では適切な室温の管理が異なるため、季節に合わせた温度調整が必要です。
夏の寝室の温度
夏の寝室では、室温が高くなることで、睡眠の質が低下することがあります。特に、寝室が暑すぎると、寝付きが悪くなったり、睡眠が浅くなったりします。実生活下での調査でも、夏に寝室が暑すぎると、睡眠時間が短縮され、睡眠効率が低下することが報告されています。[文献7]そのため、エアコンを使って寝室を涼しく保つことが、良い睡眠を確保するために重要です。
冬の寝室の温度
一方、冬に寝室の温度が低くなると、入眠までの時間が長くなることがわかっています。低い室温のまま寝床に入ると、体温が低すぎて入眠しにくくなるため、冬季は寝室を温かく保つことが大切です。とはいえ、十分な寝具を用いて寝床内が暖かく維持されていれば、睡眠に大きな影響を与えることはありません。
寒さが引き起こす健康リスク
冬の寒さは、睡眠に影響を与えるだけでなく、健康にもリスクを伴う場合があります。特に、夜間にトイレに起きたり、早朝に起床したりする際に急激な寒さに曝されると、血圧が急激に上昇し、脳卒中や心筋梗塞を引き起こす可能性があります。[文献8]このようなリスクを避けるためには、室温を18℃以上に保つことが推奨されています(WHOの住環境ガイドライン)。[文献9]寒い時期に室温が低くなると、血圧の上昇や心血管系の疾患リスクが増加するため、暖かい寝室環境を作ることが非常に重要です。
寒い冬の寝室の工夫
冬の寝室の温度管理には、いくつかの工夫が必要です。特に、就寝前に部屋を温かく保つことが入眠を助けるため、温かい部屋で過ごすことが重要です。寝室が寒すぎると、入眠潜時が延長し、寝つきが悪くなるため、暖房を使ったり、十分な寝具を整えたりすることが快適な睡眠を促進します。[文献10]
まとめ
睡眠の質は、体温の管理によって大きく左右されます。就寝前に手足を温めることで、体内の熱を放散させ、入眠しやすい状態を作ることができます。また、季節に応じた室温の調整も非常に大切で、夏は涼しく、冬は温かい寝室環境を整えることが、良質な睡眠を確保するための鍵となります。寒さによる健康リスクを避けるためにも、冬の寝室温度を適切に保ち、快適な睡眠環境を整えましょう。
参考文献
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[4]Haghayegh S, Khoshnevis S, Smolensky MH, Diller KR, Castriotta RJ. Before- bedtime passive body heating by warm shower or bath to improve sleep: A systematic review and meta-analysis. Sleep Med Rev 46: 124-135, 2019.
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[10]Saeki K, Obayashi K, Tone N, Kurumatani N. A warmer indoor environment in the evening and shorter sleep onset latency in winter: The HEIJO-KYO study. Physiol Behav 149: 29-34, 2015.